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(8) 2006.1.7〜
2.13
ジビエ料理
2.5
春の準備2
1.29
春の準備
1.23
なだれ!吹雪?
1.14
越冬中
1.7
お松引き
(7) 2005.12.2〜12.31
12.31
正月飾り
12.24
自然の瞬間
12.16
キャンディー・ジャー
12.8
いきなり雪です
12.2
陶芸家走
(6) 2005.10.25〜
11.24
キツネの柿
11.16
先週につづいて
11.9
このところ、ちょっと変化
11.2
薪ストーブ
10.25
小さな秋
(5) 2005.9.18〜10.17
10.17
秋雨前線
10.11
かぼちゃケーキ
10・3
空を見上げる
9.25
めし椀
9.18
十五夜の朝
(4) 2005.8.13〜9.11
9.11
森を見て、判断
9.4
赤とんぼ
8,27
Slow and Stoic
8.20
Less is more
8.13
秋の七草
(3) 2005.7.6〜8.5
8.5
シュウカイドウ
7.28
夏のガラス器
7.21
祇園祭
7.15
ショップの設置
7.6
猫の時間・亀の時間
(2) 2005.5.30〜6.29
(1) 2005.4〜5.24
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| このコラムはほぼ7日周期の満月・下弦・新月・上弦の日を目安に更新していきます。どうぞよろしくお願いします。 |
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亀泉庵 |
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トップ・ヴィジュアル
土間の上に据えられた、古い金魚鉢のようなガラスの電球ケースに銅の飾り兼留金のついたライト。 |
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日々の暮らしのあれこれを思いのままに綴っていきます。
季節の移ろいや、田舎の暮らしで感じたことをほぼリアルタイムでお伝えします。 |
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| 8月24日(木) 月暦・後月(のちのつき)(閏七月)一日 新月 |
| 日本文化 |
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私もかなり強引な結論を出してしまいました。
しかし、自然とともに生きる生活で培われた日本の文化とその情緒は、
我々の思考の原点であり、次の時代を進めていく上でも
重要な要素になると信じています。
山折哲雄の『「文明」を考える』の中の『「最後の人間」の最終形態』という章で、
「ヘーゲルやマルクスの語る『歴史の終末』は来るべき将来のことではなく、既に現在となっている・・・」という文章とともに、
「『最後の人間』という概念に含まれる終末論的イメージと、そこから脱出するための可能性もしくはその萌芽が・・・〈中略)・・・一方に『アメリカ的生活様式』を支える『自然』的で『動物』的な規律、他方に日本の文明やその他の国々にみられる『反自然』的で『反動物』的な規律、という二つの規律の対照性という見取り図がまずあらわれる。そしてそれにつづけて、右にみたような『歴史の終わり』の後の世界に浮上してくるであろう趨勢の一つとして、その規律に関する前者から後者への移行、すなわち『西欧人の日本化』という現象が発生するかもしれない、という注目すべき予測がくる。コジェーブのこのような論点を更に敷衍(ふえん)していえば、『アメリカ的生活様式』から『日本的生活様式』への移行、といいかえてもいいかもしれない。そしてその『日本的生活様式』の一つの有力なモデルとして、かれは能楽や茶道や華道などの『日本の文明』の特質をあげ、『日本特有のスノビズム』と命名している。・・・」(ここでいう『自然』的、『反自然』的というのは、一般的なnaturalという意味よりは、本能的とか感情的という語に近いように思われます。)と言っているのですが、
まだ、「ジャパンクール」や「日本ブーム」がそれほど叫ばれていない頃に
読んだので、たいへん面白く、印象に残り、その後、これに関する書籍も増え、
日本文化についても、より深く考えるようになっています。
(つぎにつづく)
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| 8月16日(水) 月暦・文月(七月)二十三日 下弦 |
| 暮らしの中の情緒 |
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どうして今、豊かな感性を持った言葉や、情緒が消え、
外国で受け入れられている日本の文化が、当の日本人に深く理解されていないと
感じるのでしょうか。
私の住むこの山間の農村では、薄れたとはいえ、自然とともに生き、
自然に生かされ、自然を畏怖する心を持ち、決して世界に対して傲慢にならない
人間の生活、文化が、まだ多少とも残っています。
昔は、それらをベースにして、勇気や忍耐、思いやりや慈愛、礼説といった
精神(こころ)を持った生活があたりまえのようにあった気がします。
これまで、想像しえなかった心の歪みが拡大して起こったとしか思えない
悲惨な事件が頻発しています。
子殺し、親殺し、虐待、殺すことが目的の無差別殺人などなど、
短絡的、または思考停止状態、間違った論理の展開・・・による事件。
これらすべて、ほんの少しの情緒のかけらが生活の原点にあったかどうかで
違ってくるような気がして仕方ありません。
こういった事件の後、よく、心の闇とか社会の病巣の一端などのような
話しになりがちですが、私には、生きる、生活するということの
些細であたりまえの感情が、複雑になった価値観やそのために収拾のつかなくなった
論理に紛れて失われていっているせいとしか思えません。
昔の生活には残っていた些細であたりまえの情緒は、頭で描く農村の原風景や、
そこで使われていた言葉の中にあります。
それを思い起こして、再機能させることが、少しはしっとりとした心の通う社会になる
ベースとなり、訳の解らない事件の減少に繋がっていくように思われます。
(つぎにつづく)
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| 8月9日(水) 月暦・文月(七月)十六日 満月 |
| 「気」が多い |
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また、日本語には「気持ち」に関する言葉も多いように感じます。
心の動き、意識、考え、意志、感情、気分、気持ちの意味を持つ
「気」という語を用いた慣用表現も豊富にあります。
気が、荒い、いい、多い、大きい、重い、小さい、強い、ない、長い、早い、・・・
合う、あせる、ある、浮き立つ、置ける、勝つ、変る、利く、腐る、くじける、沈む、
済む、せく、立つ、散る、つく、詰まる、とがめる、乗る、張る、引ける、ふさぐ、
触れる、紛れる、回る、向く、めいる、もめる、休まる、楽になる、・・・、
気に、入る、掛かる、掛ける、くわない、障る、する、そむ、留める、なる、病む、・・・、
気の、せい、迷い、持ちよう、病(やまい)、・・・、
気を、入れる、失う、落とす、かねる、利かせる、くじく、配る、損ねる、揃える、
散らす、使う、付ける、詰める、取られる、取り直す、抜く、のまれる、吐く、晴らす、
張りつめる、引き立てる、引く、もたせる、もむ、養う、許す、緩める、よくする、・・・、
まだまだたくさんあります。
これだけ多くの「気」の使い方をしている言語が他にあるのでしょうか。
それだけ自分の心もよう、気分など心のひだが細かく、
他人に対しても、「気持ち」を気遣うコミュニケーションの文化を
築いてきたのでしょう。
そういえば、親にも「他人〈ひと〉様の気持ちになって、よく考えなさい」などと
よく言われたものです。
「言葉」は、思考であり、思考がまた新しい「言葉」を作っていきます。
我々は、日本語の中にある伝統を、感性を、意志を考えていかなければなりません。
それは、日本の伝統を、文化を、その中に宿る美意識を探るということと
同義語なのだと思います。
そして、そのアイデンティティーを自覚し、次の文化を造り、繋げていくことが
グローバル化の中での日本人が進むべき道(タオ)なのではないでしょうか。
(つぎにつづく)
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| 8月2日(水) 月暦・文月(七月)九日 上弦 |
言葉と情緒
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良い「言葉」が失われつつあります。
日本人は、自然や季節の営みから繊細な感受性や情緒といった
様々な美意識を見い出しています。
俳句の季語などをはじめとして、自然に対する細かい観察が
たくさんの美しい「言葉」を生み、
その「言葉」が独特の情緒や文化に昇華していきます。
例えば、日没や夜明けの風景に関する表現にしても
夕暮れ、夕焼け、夕間暮れ(ゆうまぐれ)、目暗(まぐれ)、夕(ゆうべ)、夕方、夕刻
夕さり、夕まし、薄暮(はくぼ)、暮れ、暮れ泥む(くれなずむ)、入相(いりあい)、
夕山(ゆうやま)、夕日影(ゆうひかげ)、夕明かり、黄昏(たそがれ)、・・・、
朝未だき(あさまだき)、朝朗け(あさぼらけ)、暁〈あかつき〉、暁降(あかときくだち)、
有明け(ありあけ)、明け初める(あけそめる)、曙(あけぼの)、朝明け
東雲(しののめ)、黎明(れいめい)、曙光(しょうこう)、日の出(ひので)、・・・、
その他に、色彩にも美しい「言葉」がたくさんあります。
藍(あい)、茜(あかね)、浅葱(あさぎ)、鶯(うぐいす)、葡萄茶(えびちゃ)、
臙脂(えんじ)、群青〈ぐんじょう)、東雲(しののめ)、紫紺(しこん)、
茄子紺(なすこん)、檜皮(ひわだ)、萌葱(もえぎ)、瑠璃(るり)、山吹(やまぶき)、
山葵(わさび)、薄墨(うすずみ)、・・・、
「言葉」は、その数だけ、その繊細で微妙な表現のぶんだけ、
豊かな感性や情緒を育むと思うのです。
(つぎにつづく)
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| 7月25日(火) 月暦・文月(七月)一日 新月 |
| 日本の美意識 |
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たくさんの日本の文化が外に出て浸透していっているという事とは逆に、
日本では、その世界に通用する文化を創り出した日本人の精神性や本質が
薄められてきているような気がします。
歴史的に見ても、外敵の侵略も無く、大きな宗教戦争もなく、
平安時代、徳川時代など長い間の平和の文化を熟成させ、
近代に入ってからも、欧米のアジアに対する植民地化の脅威からも何とか逃れ、
悲惨な戦争、敗戦を経験し、その後驚異的な復興を遂げ、
世界のトップクラスの経済力を持つようになりました。
そんな歴史の中で培われた独自の日本の文化、日本人のメンタリティーは、
今、グローバルスタンダードの波に飲み込まれ、
経済を最優先させ、猛進してきたゆえ起こる様々なひずみを対処療法による
その場鎬(しのぎ)をしてきた結果、
自らの長所を切り捨てながら迷路に迷い込んでいるように見えて仕方ありません。
海外で外国人が興味を寄せる日本文化、日本人の美意識、
その本質は、その根底にあるものは・・・。
我々の父母の世代、その教えがまだ生きていた小さい頃の時代、
日常の普通の生活の中に活きていた世界観、
世間様と自分との関わり、自然や季節感に培われた情緒、
生きていくための「道」(タオ)が、生活倫理が、まだ残っていたように思われます。
それは、日常の生活に寄り添う「言葉」の中にありました。
「言葉」は、それ自体が「知恵」であり、「感性」であり、その時の「文化」で
あったりします。
(つぎにつづく)
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| 7月18日(火) 月暦・水無月(六月)二十三日 下弦 |
| クール・ジャパン |
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藤原正彦の本を二冊ほど立て続けに読んだ。
日頃、私の考えていることやそれ以前に読んだ数冊の本とも内容に
繋がりや共通性が認められ、大変面白く、たくさんのことを考えることが出来ました。
長い間、昔ながらの伝統や風習が色濃く残る田舎の暮らしや
自然の繊細で、かつダイナミックな営みを通して培われる精神性のようなものを
身近に感じて、暮らしてきたせいもあって、
今は失われつつある日本人の情緒や美意識について考えることが多くなりました。
この日本人の考え方の違いや、文化の違い、いわゆる世界観の違いが
インターネット普及の影響による世界の狭小化や、
東西問題の無くなった後のグローバル化の流れの中で
随所にいろんな問題や提起が噴出してきたように思われます。
経済問題、外交、、教育問題などグローバル化の名の下に推し進められてきたことが、
日本の伝統や文化、日本人のメンタリティー、本質を見落とし、
短絡的過ぎはしなかったのだろうか。
一方で世界は、我々の想像以上に日本、日本文化がリスペクトされ、
欧米諸国はもとより、急発展中のBRICS各国までにも
日本食、盆栽、フトン、俳句、などなどの伝統文化と
ポケモンに代表されるアニメ、ヒップホップ系最先端の若者ファッションなどの
サブカルチャーが、すごい勢いで受け入れられています。
「ジャパンクール」と呼ばれ、かなりの広がりを見せているようです。
(つぎにつづく)
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