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9月11日() 月暦・葉月(八月)八日 上弦
森を見て、判断
 今日は衆議院選挙投票日。今回はいつになく難しい選択の選挙です。
直接、選挙と関係するかしないか知れないが、こんな小さな村でも過疎の問題や森林・河川などの環境の問題など、政治的な判断は大きな影響を与える。
自然の移ろいと深い関わりをもって生活する山村の村でも、ここのところの想定外の異常気象は、思いがけない被害をもたらしたり、土砂崩れなどによる道路封鎖など、大きな不便や不利益を強いられたりしている。
これが大気汚染による地球温暖化によるものなのか、今のところ、はっきり答えは出ていないが、このように自然と間近に向き合って生活をしていると、なんらかの関係があると思えてしかたがない。
全てが環境政策や人為的な原因によるものとはいわないが、生活のひとつひとつの行為や判断が密接に影響していることは確かなようだ。
ということで、その辺を考慮に入れて、投票に行ってまいりました。
9月4日() 月暦・葉月(八月一日) 新月
赤とんぼ
 赤とんぼの飛ぶ姿を見ることが日増しに多くなって、今日防災訓練の行われた中学校の校庭でもいっぱい飛んでいました。
9月1日が平日だったので、ここでは今日の日曜日が村民こぞっての大規模な防災訓練になりました。ここのところ、日本では地震や台風、海外でも大洪水など、頻繁に災害がおこっているのでことのほか真剣に取り組んでいたように思います。
二百十日が過ぎると、いよいよ台風シーズンと云われますが、このところそんなこととは関係なく早くから大きな台風がたてつづけにやってきて、今も今年最大規模の台風が九州に近づいているということです。ほんとうに嫌になります。
「備ええあれば、憂い無し」などと云われますが最近の災害は、時期や規模などこれまでと違って想定外のことが多く被害も多きようです。地球温暖化と関係しているのか、いないのか。

いずれにしろ、防災訓練が訓練だけで終わってくれることを願って、目の前の台風に備えるべく、浸水をくいとめるための砂袋の点検でもしようっと。 
8月27日(土) 月暦・文月(七月二十三日) 下弦
Slow and Stoic
 スローな暮らしとは、けっして怠惰な生活ということではありません。
むしろ逆で、厳しさもあり、ストイックな精神も要求されたりします。
それは、自然の営みがゆっくり、ゆったりながれているように見えて、気象や生態系など密接で緻密に連鎖し合い、ストイックなまでの規則性に沿って流れているのに似ています。
自然に寄り添って、あくせくせくすることなく、流れる時間を上質で密度の濃いものにしていく。日々、生活する環境も常にシンプルで整った空間を維持していく。
スローにゆっくり、ゆったり暮らしていくということは、ある意味、自らを律することで自然のもつ大きさとか普遍とかいった上質なもの触れていくということではないだろうか。
などと、ちょっと真面目に考えてみましたが、まぁ、とにかく、
ゆったり、のんびり、着実に。
8月20日(土) 月暦・文月(七月十六日) 満月
Less is more
 お盆が終わると、田舎の夏はすっかり寂しくなります。帰省や観光で一時的に増えていた人口が一挙に減るからです。
 上の写真は黄アゲハの幼虫がフェンネルの花を前に「いただきます」をした直後のショットです。この幼虫は、硬い茎の部分だけ残して葉、花の全てをを食べつくし、翌日にはまばらな放射線状の緑だけの、なんとも無残というか、すっきりというか、風にそよぐ柔らかな緑のハリガネ状態にしてしまいます。
 花火大会が終わり、盆踊りの話題もしなくなり、川で遊ぶ子供たちの叫び声も遠くなり、村に人の気配が薄くなる。
 今は満月。月齢では新月を「朔」と呼び、満月を「望」と呼ぶそうです。
8月13日(土) 月暦・文月(七月九日) 上弦
秋の七草
 今日からお盆です。お盆といえば、子供の頃、盆棚に供える花を山に採りに行き、背負い篭をいっぱいにしたのを思い出します。その頃、秋の七草など知らないで、山に行って目に付く花を採って帰るというだけでしたが、今考えると秋の七草がほとんどはいっていたような気がします。
 秋の七草は、「万葉集」に載る山上憶良の「萩の花尾花葛花瞿麦の花女郎花また藤袴朝貌の花」に由来しているそうで、
         萩の花(はぎのはな)       萩(ハギ)       
         尾花(おばな)            薄(ススキ)
         葛花(くずばな)           葛(クズ)       
          瞿麦(なでしこ)            撫子(ナデシコ)
         女郎花(おみなえし)        女郎花(オミナエシ)
         藤袴(ふじばかま)          藤袴(フジバカマ)
         朝貌の花(あさがおのはな)    桔梗(キキョウ)
この7種をいいます。 春の七草の芽吹きの味を楽しむのに比べ、秋の七草はあくまでも花の彩、花の風情を楽しむ草花として、なかなかいいものです。昔の花の呼び方もなんとなく趣があって、郷愁を呼び起こします。
       
8月5日(金) 月暦・文月(七月)一日 新月
シュウカイドウ
 夏祭りが終わり、8月になったとたんにミンミンゼミが鳴き始め、いよいよ夏本番です。
この丹波山村でも昼は30度近くになる日が続き、汗が止まりません。
今年も石垣にシュウカイドウがたくさん芽を出しましたが、もう蕾を付けていて明日にでも咲きそうです。  去年は、大きめの良い形の葉を集めて、白い器を作りました。
一枚一枚の葉が型となり、すべて違うかたちの器になります。
手にとってくださる方に、どのように選ばれるのかとても楽しみでした。
ずいぶんと長く悩まれるようですが、気にいったものを対で選ぶことが多いようでした。
 白い型皿は、何ものせずにテーブルに置いても様になるし、採れたてのプチトマトを飾ったり、コーヒーの砂糖やミルクをのせてサービスしても、お皿のご馳走になります。 
7月28日(木) 月暦・水無月(六月)二十三日 下弦
夏のガラス器
 陶器製作を生業としていますが、夏はやはりガラス器の清涼感は見逃せません。
光を通し、緑に映える無色透明のガラス器が、いつの間にやら増えてこんなにたくさんになりました。買った時期も場所もバラバラで、透明のガラスという以外は、用途や質、デサインもまったく違うのですが勢揃いさせると、夏のテラスに涼を呼んでくれます。
 冬の間は、ほとんどしまいこんでいるのですが、5月ぐらいから少しずつ出して、物を入れたり、花を飾ったり、料理を並べたりとたいへんな活躍です。
部屋のあっちこっちに様々な様相で設えられるガラス器は、水をたたえ、花や食物で飾られ、光で満たされて、その場の空気を和らげ、和ませ、涼感あふれるものに変えてくれます。

 視覚で感じる美しさや気分には、なにやら深いところで「美の秩序」のようなものがはたらいているような気がします。
なにか「美の秩序」などと唐突にたいそうな話しになってしまいましたが、普段から「美しい」と感じるものには、それまでの時間の経過や、周囲の空気にきめの細かい秩序のようなものを感じていて、つい書いてしまいました。
この「美しいと感じることの秩序」については今後も研究課題として考察したいと思っています。折りにふれこのコラムでも触れていきたいと思っています。
7月21日(木) 月暦・水無月(六月)十六日 満月
祇園祭
7月16日は地元の神社のお祭りでした。ここの祭りは祇園祭で、全国各地の祇園祭と同様に京都から平家の落人(おちゅうど)などと共に流れ、広まったものだと思われます。近くに落人伝説や名残の地名などが残っているので、この辺りもその昔、遠くはなれた都の文化がいろんなかたちで入ってきたのかもしれません。
今年は私の属する隣保(地区の中のさらに小さな隣組のような班)が祭り当番で、朝から境内の掃除や神主の祈祷に立ちあったり、妻など女衆は境内に隣接した「おちょうや」と呼ばれる地区の詰め所で宴会の準備をしたりと、けっこう大忙しです。
やがて各地区を回って、お囃子やささら、獅子舞の行列が見物人やアマチュアカメラマンを大勢引き連れて、やってきます。境内でひとしきりお囃子に合わせて舞を踊り、その後神輿もやってきて祭りもピークを迎え、ゆっくりと他の地区に移動していきます。
こうしてこの地区の短い神事と宴は終わるのですが、祭り自体はこの後も村中の地区神社を回り、夜まで続くのです。
ささやかですが良い祭りです。
7月15日(金) 月暦・水無月(六月)十日 上弦
ショップの設置
 ショップの設置に、かなり手こずっています。もともとHPの構成、構築案を作っているときから、ショップの展開は考えていて、展開規模や方法、可能性などアレコレ検討しつつ、ほかのコンテンツ作りに追われて後回しになっていたのです。
いざ、手をつけてみるとCGIやらサーバーやら解らないことだらけで、問題は山積。もとよりコンピューターおんちで、理数系大苦手で通っている私ですから仕組みやら機能やら一から仕込んでいかなければなりません。一方、長年企画・デザイン畑の仕事に携わってきた想像好きの私もいて、そちらは、「アアシタイ、コウしたい」と構成、編集、画面デザインと具体案は先行します。「こうしたいけれど、仕方がわからない。」という状態が何度も続き時間ばかり過ぎて、当初6月オープン予定が今や7月中旬。
結局、そいうことに比較的得意な妻が、サーバーの選択、手続き、ソフトのダウンロードや設置など諸々の手順を担当して、なんとかゴールが見えるところまできました。
今、商品構成や写真撮りをピッチをあげて進行させています。今度こそ、7月いっぱいを目途にオープン、更新をしていくつもりではりきっています。
よろしくお願いします。
7月6日(水) 月暦・水無月(六月)一日 新月
猫の時間・亀の時間
猫は「時間」をどう捉え、1時間、1日の長さをどのように感じているのか? 猫を見ながら、フッと考えた。
昼間はいつも寝てることが多いので、あっという間なのか?、それとも、夜行性のの猫は倍の行動でゆっくりとした時間が流れるのか?。また、その逆なのか?。餌を確保することがなくなって、時間をもてあましているのか?。
以前に、たしか「象の時間・ねずみの時間」という本がでて、「寿命や個体の大きさ、習性などと密接に関係していて、それぞれにおよぼす時間の流れの概念や影響がかなり違うのではないか、」というような内容で話題になったのを思い出した。詳しく読んでいないので、それ以上のことはよくわからないのですが、なにやら私たち人間以外のものの「時間の流れ」を気にかけるのは私だけではないようです。
そういえば、このHPのタイトルも「亀の時間」ですが、これは単純に私の名前と亀のスローなイメージが一致してつけたタイトルで、深い意味はないのです。しかし、「時間」というものが個体の違いや生活、精神のあり方などの異なりによって、ずいぶんと違ってくるだろうことは想像がつきます。また、「名は態を現す。」というように名前が人格の形成に大きな影響を及ぼすという話しもあって、「亀の時間」も人間と亀と時間と生活を見つめて、じっくり、ゆっくり、考えていきたいと思っています。

人間も動物も植物も自然のなかで生きている全てのものがそれぞれの「時間」の流れの中にいて、それぞれの「時間」を創造(つく)り、生き、全うしようとしている。自分の「時間」を意識して大切に過ごすことが、自然の一員として自然と同調して生きる。ということに繋がっていくのではないかと思わせる猫と亀の様子です。


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